『手のひらの科学』松田薫著

松田薫著 『手のひらの科学』

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これは、占いの書ではない。これは、ある特異な人生を経て研ぎ澄まされた眼が、「手」という最も身近な対象に科学の光を当て、そこに人間の思考と行動のパターンを見出そうとする、壮大なる知的探求の記録である。幼少期より重度の腎臓病を患い、幾度も生死の境をさまよった著者・松田薫氏による『手のひらの科学』は、その特異な経験から生まれた、まったく新しい人間学「掌様学(しょうようがく)」への献呈の書だ。


 

孤高の観察者

 

本書を理解するためには、まず著者の歩んできた人生を知らねばならない。低気圧の変動にすら敏感に反応する虚弱な体質。医師から余命宣告を受け、意識不明と診断されながらも、その向こう側で微かな意識を保っていた数多の臨死体験。運動も読書も禁じられ、ただ病床から空を、そして自らの手を見つめるしかなかった幼少期。

本書の序文で語られる、夏休みの雲の観察の逸話は、著者の精神そのものを象徴している。天気予報という「大人の常識」を鵜呑みにせず、自らの目と体感だけを信じ、雲ひとつない青空を一日中見つめ続ける。その執拗なまでの観察眼は、「気象は単調で複雑だ」という結論に達する。この「単純なモデル」と「無限の複雑性」という二律背反こそが、本書が提唱する「掌様学」の核心をなす。


 

「掌様学」– 5つのモデルと無限の複雑性

 

著者は、手のひらに刻まれた線を、人間の思考や行動パターンを分類するためのシステムと捉える。その理解の入り口として、本書はまず「5つの理想モデル」を提示する。しかし著者は、現実の人間がこのモデルに単純に当てはまらないこと、一本の線が数十のパターンに分岐し、他の線と組み合わせることで万単位では収まらない複雑な様相を呈することを、正直に告白する。

これは、安易な答えを求める読者を突き放す。しかし、夏空の観察者のように、複雑さそのものと向き合う覚悟のある読者にとっては、これほど知的に誠実な手引きはない。本書は、その複雑さへの対処法を着実に示しながら、読者を「掌様学」の深奥へと導いていく。


 

人間学としての新たな地平

 

なぜ、これほどまでに身近な「手」という対象が、学問として体系化されてこなかったのか。この根源的な問いから出発した『手のひらの科学』は、手相を「占い」という枠から完全に解放し、客観的な観察と分類に基づく科学として再構築しようとする野心的な試みである。

それは、病によって社会から隔絶され、あらゆる「環境」——気象、人間関係、医療制度——からの影響を一身に受け止めてきた著者にしか書けなかった、孤高の人間学だ。この本は、あなたの手のひらを見る目を、そして人間という存在を見る目を、永遠に変えてしまう力を持っている。

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