『手と脳』久保田競

久保田競『手と脳』

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自らの手を、ただの「もの」として眺めてみてほしい。そこに見えるのは、皮膚や骨、筋肉からなる、ありふれた身体の一部だろうか。京都大学名誉教授であり、脳科学の権威である久保田競氏の著書『手と脳』は、その見慣れた「手」という物体に、二重の壮大な歴史——すなわち「個人の生活史」と「人類の進化史」——が刻まれていることを、神経科学の視点から鮮やかに解き明かす一冊である。


 

第一の歴史:あなたの人生を物語る、生きた日記

 

本書がまず示すのは、私たちの手が、いかにその人の人生を雄弁に物語るかという事実である。

  • 重労働者の手は大きく、節くれだち、
  • ピアニストの手は細く薄いが、ごつごつしている。
  • 外科医の手には、繊細さと力強さが宿る。

手は、私たちがそれをどのように使ってきたかという「個人の歴史」を、その形や硬さ、皮膚の表面にまで記録している。石川啄木が「ぢっと手を見る」と詠んだように、手は私たちの労働と生活、そして人生そのものの象徴なのだ。本書は、そのパーソナルな記録を、科学の目で読み解いていく。


 

第二の歴史:人類を誕生させた、進化の軌跡

 

さらに本書は、私たちの手を、より壮大なスケールで捉え直す。それは、人類が他の動物と一線を画すに至った、「進化の歴史」の結晶としてである。著者は、約400万年前に人類の祖先が二足歩行を始めたことで、前足が歩行の役割から解放され、道具を創り、ものを創造するための「手」となった、人類史における決定的瞬間を描き出す。

四足歩行の動物の手、歩行と作業を両立させるサルの手、そして、創造のためだけに特化したヒトの手。本書は、霊長類の手の比較を通して、ヒトの手が「進化の極限」にあり、そこに人類誕生の秘密が隠されていることを、神経科学の視点から明らかにする。


 

脳科学者が案内する、人間性の根源への旅

 

『手と脳』は、単なる身体の一器官の解説書ではない。脳研究の第一人者である著者が、その専門知識を駆使して、「手」という窓から人間性の根源を覗き込む、知的興奮に満ちた科学の書である。

私たちの手が、なぜ今日の形となり、機能するのか。そして、その手を使うという行為が、いかに私たちの脳を発達させ、文明を築き上げてきたのか。この本を読めば、あなたの手を見る目が永遠に変わるだろう。そこには、あなた個人の物語と、人類400万年の壮大な物語が、確かに刻まれているのだから。

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